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映画ログ

観た映画の備忘録

「さよなら渓谷」

 

さよなら渓谷 [DVD]

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 「悪人」の吉田修一が原作の映画。真木よう子が主演ということで借りてみたが、想像以上に面白い映画だった。国際映画祭で賞ももらっているらしい。

1.「被害者」「加害者」にしばられない夫婦の人生

話の中で、ふたりの雑誌編集者が飲み屋で会話する場面がある。「お前はさ、相手に加害者というラベルを貼りすぎてるんだよ。相手は人間なんだよ、人間」。主人公夫婦には、社会的には「加害者」「被害者」というラベルが貼られている一方で、夫婦の人生は、もはやこうした2つの軸ではかることができない複雑な様相を呈している。ある事件における「加害者」「被害者」というラベリングは、日常生活や人生において、それほど意味をなさないのかもしれない。人間みな、人間として生活をしているのである。

そして、幸や不幸は、こうしたラベリングのなかにではなく、人間としての生活のなかに埋め込まれているのだ。


2.「私たちは、しあわせになるために一緒にいるんじゃない」

この辺は、映画のストーリーの核とかかわるところ。夫婦は、ともに不幸であり続けるために一緒にいる。しかし最終的に、その関係性はくずれてしまう。

人と人は、特に男女の関係において、しあわせ以外の何ものかによって結びつくことができるのだろうか。別のより位置づけの高い何かによって結びつくということはあるかもしれない。でもそれらは、きっと回りまわって、しあわせをその究極目標としているともいえるかもしれない。しあわせが全くない、見るからに不幸な人と人の結びつきというのは考えにくい。敵対する者同士の関係は社会とは言えない、という高田保馬の言葉を思い出す。

しかし、映画には別の夫婦も登場する。個人的には、その夫婦の関係のほうがより印象に残った。彼らは、不幸であるように見えながらも、とても強く結びついている。

人と人は、何で結びつくのだろう。しあわせで結びつく以外に、何で結びつくのだろう。そもそも、しあわせとは何なのだろう。そんなことを考えさせられる。


3.その他

警察による取り調べのシーンなどは、前に読んだ平野啓一郎『決壊』を思い出させる。何とかして自白をとろうとする日本の警察。実態がどうなっているのかというところまでは自分は知らないが、これを海外の人はどのように見ただろうか。

また、撮影ロケ地はどうやら青梅市のよう。山と河がとてもきれいだった。今度行ってみたい。