わたしは、ダニエル・ブレイク
★★★★★
ケン・ローチ監督作品。イギリス社会のなかで貧困に直面した人々の生活と、そうした人々の視点からみた社会保障・福祉制度の有様について描いた作品。
この映画は、日本語版の予告編で謳われているように、「人生は変えられる」ということを伝える映画などでは、決してない。
また、制度に翻弄される人々がいかに懸命に生きているかを描き出し、人間の生のたくましさなどをドラマチックに描いた作品でもない。
この映画は、既存の社会保障・福祉制度の大部分が、様々な要因で経済的困窮に陥った人びとが人間としての生活を取り戻すための一助たりえていないという事実、くわえてそうした制度が、彼ら彼女らの尊厳の回復にではなく、その喪失に拍車をかけているという実情を描き出している。
そしてこうした事態は、決してイギリス社会だけに特有の問題なのではなく、日本を含めた多くの先進諸国において観察されるものだろう。
では、なぜ既存の制度は、困窮する人びとの生活を支援するために十分機能できないのか。なぜ、既存の制度は、ときにそうした人びとの尊厳を奪うようなものになってしまうのか。こうした問いを考えるうえで、この映画には大いに示唆的なセリフやカットが数多く含まれている。
たとえば英語が得意でない私にとっては、事務所のケースワーカーと主人公・ダニエルの会話を字幕なしで聞くだけでいくつかのことに気づくことができる。ケースワーカーは私にも聞き取れる「フォーマルな」英語を話しているのに対し、ダニエルの訛った英語はほとんど聞き取ることができない。すでに話し言葉の水準で、「制度」と「クライアント」のあいだにはギャップが存在しているのである。
ゆきゆきて、神軍
- 出版社/メーカー: GENEON ENTERTAINMENT,INC(PLC)(D)
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★★★★
元陸軍兵である奥崎謙三が、みずからが戦時中に所属していた独立工兵隊第36連隊において、終戦後に「戦病死」した兵士の死の真相を追う様、そのきわめてシリアスかつコミカルな様子を記録したドキュメンタリー。
奥崎という人の風変わりな個性と同時に、彼と同行するなかで浮かび上がってくる終戦前後の日本軍の惨状が伝わってくる。
麦の穂をゆらす風
★★★★
1919年から1921年にかけてのアイルランド独立戦争、その後に発生したアイルランド内戦を描いた作品。ケン・ローチ監督作品。ケン・ローチの作品を観るのはこれが初めてである。
アイルランド独立戦争やその後の内戦についてはこの映画を観るまでほとんど知らなかったが、映画では戦争にまつわる出来事が、独立戦争をともに戦い、その後の内戦では対立していくアイルランド共和軍の一兵士の目線から描かれていて、当時の戦争の雰囲気を知ることができる。英国軍の支配から自由になるため、ともに痛みを分かち合いながら戦った人びとのあいだに対立が生じてくる様子からは、抑圧や暴力といったものがいかに繰り返し生起してくるものであるかということを痛感させられる。
同時に、痛みや暴力の連鎖が生じていない状況にあるということがいかに自明なことでないかということについても気づかされる。
「それでは表は緑だが 中は赤い帝国だ」
「俺たちは英国人じゃない」