すばらしき世界
かつてヤクザの世界で「喧嘩のマー坊」と呼ばれ、殺人の罪で13年間刑務所に収監されていた男が、刑期満了で出所し、カタギの世界に馴染もうとする。
世間で生きるということは、「似てますね」と愛想笑いして、理不尽に対して辛抱することだとすれば、なんと救いのないことか。安易に牧歌的なハッピーエンドに流れるのではなく、その救いのなさを描いてみせるところに、この作品の立場とメッセージを感じ取ることができる。しかし、現実はそのように救いがなく、希望に乏しいのだとしたら、「困るんですよ」。「空が広い」のだとしても、そのような世界は生きるに値するのかと問わざるをえない。これは、もちろん本作品の欠点ではなく、この作品を観た先に私たちが考えるべきことである。
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「シャバは我慢の連続ですよ。
我慢のわりに大しておもしろうもなか。
やけど、空が広いちいいますよ。」
劇場
又吉直樹原作。演劇の世界を志す永田と、女優を目指して上京した沙希がともに生きた青春時代を描く。
永田がクソ野郎だとの評価が目に付く。演劇の世界で認められたいという夢が実らず、かといってその夢を捨て去ることもできず、どこか宙に浮いた日々を送る。その一方で、安らぎを与えてくれる沙希という存在に、演劇の世界で抱える不安から逃れるために擦り寄り、それゆえに真剣に向き合うことができない。そんな永田の姿は、たしかにおろかであるし、側から見てクソ野郎だとの評価は免れないだろう。ただ、劇中での沙希がいうように、永田は何も悪くないのだとも思う。だから、不器用な永田を見捨てることはできず、そうであるがゆえに、沙希も苦しんだのだろう。
ロブスター
ヨルゴス・ランティモス監督作品。パートナーがいない人間は動物に変えられるというルールが支配する主流社会と、恋愛をすれば処罰が下される強権的リーダーが支配する「森」の狭間で生き抜こうとする男性の物語。
どうやらこの世界では、2人の人間が恋愛関係にあること(あるいはパートナーであること)を正当化する証として、2人の間に何らかの共通点が必要、という設定が興味深い。そのため、主人公デイヴィッドは最後のシーンで選択を迫られるのだが、主流社会のルールからも「森」の支配者からも逃れてきた彼は、結局どういう選択をしたのだろうか。